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長崎地方裁判所 昭和32年(ワ)118号 判決 1957年12月26日

原告 福島義男

右代理人弁護士 中山八郎

被告 二ノ坂木材株式会社

右代表者 二ノ坂喜太郎

右代理人弁護士 岩本健一郎

主文

一、被告は、原告に対し、金二十五万円及び之に対する昭和三十一年十二月十六日からその支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払わなければならない。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、被告が、原告主張の日に、訴外浜田富人に対し、本件手形を振出したことは、当事者間に争のないところであり、又、右訴外人が、原告主張の日に、本件手形を、原告に裏書譲渡したことは、振出部分について、当事者間に争がなく、右訴外人の為した、原告に対する裏書部分について、証人吉村秀幸の証言並に原告本人の供述によつて、その成立を認め得る甲第一号証に徴し、明白なところであり、(この認定を動かすに足りる証拠は全然ない)、更に、原告が、現に、その所持人であることは、当事者間に争のないところであるから、原告は、その所持人として、振出人たる被告に対し、本件手形上の権利を行使することが出来る。

尤も、前顕証人の証言並に原告本人の供述によつて、前記裏書以後の裏書部分について、その成立を認め得る甲第一号証によると、原告は、前記訴外人から、本件手形の裏書譲渡を受けた後、之を、訴外花村一二に裏書譲渡し、同訴外人は、之を、訴外株式会社十八銀行に裏書譲渡し、同訴外銀行は、更に、之を右訴外花村一二に裏書譲渡し、原告は、同訴外人から、更に、その裏書譲渡(戻裏書)を受けて、その所持人となつたものであることが認められるのであるが、斯る場合に於ては、その被裏書人(戻裏書による被裏書人)たる所持人は、その従前有した被裏書人としての地位(資格)(初めて被裏書人となつた時の地位)を回復するものであると解せられるので、右裏書譲渡によつて、本件手形の再度の所持人となつた原告は、その有した従前の地位(資格)(当初の被裏書人としての地位)を回復したものと云うべく、従つて、原告は、その地位に於て、本件手形上の権利を行使することが出来ると云わなければならない。

而して、原告の本訴請求が、右地位に於て、之を為すものであることは、その主張自体によつて、明白であるところ、原告が、その地位に於て、之を為し得ることは、右に説示の通りであるから、本件手形に、前記認定の各裏書のあることは、原告が、右地位に於て、本訴請求を為すことの妨げとはならない。

二、本件手形の裏書中に、花村一二なる者の為した裏書のあることは、前記認定の通りであつて、この者が、架空の人物であることは、当事者に争のないところであるが、裏書の連続は、形式的にその連続があれば足り、その裏書人の実在することは、その要件ではないから、仮令、その裏書人中に、虚無人(架空の人物)の署名による裏書があつたとしても、その形式的連続の存する限り、裏書の連続を欠くことにはならないこと勿論であるところ、本件手形の裏書が、その所持人たる原告に至るまで、形式的に、連続して居ることは、前顕甲第一号証(本件手形)によつて明白であるから、前記花村一二なる架空人物の署名による裏書があるからと云つて、本件手形の裏書の連続を欠くと云うことにはならない。故に、その署名による裏書のあることを理由として為された、本件の手形に裏書の連続を欠く旨の被告の主張は、理由がないから被告が、その答弁第二項に於て提出の抗弁は、之を排斥する。

三、原告が、本訴に於て主張して居る本件手形上の地位は、前記の通りであり、又原告が、その地位を取得した日は、前記認定の日であるところ、被告が、その答弁第三項に於て主張の事柄が発生したのは、その後に於てのことであることが、被告の主張自体によつて明白であるから、原告が、右地位を取得した時に於て被告主張の事実を知ると云うことは、あり得ないところである。故に、それを原告が了知して居たことを理由とする、原告が本件手形の悪意の取得者である旨の被告の主張は、理由がないから、被告がその答弁第三項に於て提出の抗弁は、之を排斥する。

四、手形の振出行為に錯誤があるとする為めには、その振出行為自体に錯誤がなければならないのであるから、その振出行為を為すに至つた原因関係に錯誤があつても、その振出行為自体に錯誤のない以上その振出行為に錯誤があつたとすることの出来ないこと勿論であるところ、売買代金債務がないに拘らず、それがあるものと誤信して、その支払の為めに、約束手形を振出したと云う様な場合には、その振出行為自体には、何等の錯誤もないことが明白であるから、(即ち、その支払の為めに、約束手形を振出すと云うことを、正しく、認識して居ることが明白であるから)、その原因関係に、右の様な錯誤があつても、その振出行為に錯誤があることにはならない。故に、その原因関係に錯誤のあることを理由として、振出行為に錯誤があるとする被告の主張は、理由がないから、被告が、その答弁第四項に於て提出の抗弁は、之を排斥する。

五、而して、原告が、本件手形の支払期日に、その支払場所に於て、之を呈示し、その支払を求めたところ、その支払を拒絶されたことは前顕吉村証人の証言及び原告本人の供述並に甲第一号証によつて、之を肯定することが出来るから、原告は、被告に対し、本件手形金及び之に対するその支払期日の翌日たる昭和三十一年十二月十六日からその支払済に至るまでの、手形法所定の年六分の割合による利息金の支払を求めることが出来る。故に、その支払を求める原告の本訴請求は正当である。

六、仍て、原告の請求を認容し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 田中正一)

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